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東京高等裁判所 昭和61年(う)23号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中五〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人中下裕子が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官鮫島清志が提出した答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一控訴趣意第一について

所論は、要するに、原判決は、原判示第一の各行為について、被告人が古俣正俊の氏名を詐称した点に欺罔行為があるとして、いずれも詐欺罪の成立を認めたが、本件各借入金については、右古俣がその借主で、同人には返済の意思及び能力があり、被告人は、同人の使者として借入の手続をしたのにすぎないから、被告人が同人の氏名を詐称したとしても、その行為が詐欺罪における欺罔行為に当たるとはいえず、したがつて、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認又は法令適用の誤りがある、というのである。

しかし、原審で取り調べた関係証拠によると、原判示の各金融会社においては、被告人が古俣の健康保険被保険者証を示すなどして同人の氏名を詐称したため、その担当者が、現実に出頭してきた被告人を本当に古俣本人であると誤信し、その誤信に基づき、借主になるのが古俣であることを前提として貸付の可否を判断したうえ、その古俣本人とは異なる人物である被告人に対し、古俣に対する貸付金として現金を交付してしまつたもので、もしそれが古俣本人でないことが分かればその現金を交付するはずがなかつたことが認められる。

そうすると、たとえ、民事上の問題としては古俣が借主として扱われることがあり、また、その古俣に返済の意思や能力がなかつたとはいえないとしても、当該金融会社との関係において、被告人が欺罔行為をしたことには変わりがなく、詐欺罪が成立することが明らかであつて、原判決に所論の事実誤認や法令適用の誤りはないといわなければならない。論旨は理由がない。

二控訴趣意第二について

所論は、被告人を懲役一年二月の実刑に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であり、被告人に対しては、刑の執行を猶予すべきである、というのである。

しかし、記録によると、本件は、いわゆるサラ金からの多額の借財に苦しむ被告人が、原判示のとおり、もはや自己名義ではサラ金から新たな借入をすることが不可能であつたことから、友人の古俣正俊から借りた前記被保険者証を示すなどして同人になりすましたうえ、同人名義の借入金名下に、サラ金三社から合計一三〇万円をだまし取り、更に、すぐに換金することをもくろんで、知り合いの行商人から、約二〇万円相当の電動工具類をだまし取つたという事案であり、犯行の動機に同情の余地は乏しく、犯行の態様もかなり悪質であること、サラ金三社に対しては、古俣の方で元利金全額を被告人に代わつて返済したが、右の返済を余儀なくされたことにより大きな損害を被つた古俣や、電動工具類をだまし取られた馬場辰雄に対しては、いまだ弁償がなされておらず、同人らの被害感情が和らいでいるとはいい難いこと、被告人に原判示のとおり詐欺、横領罪による累犯前科があることなどを考慮すると、その犯情が芳しくなく、被告人の刑責は非常に重いといわなければならない。

したがつて、他面において、被告人の年齢、経歴、家庭の実情、反省の態度などの、所論が指摘し、あるいは当審における事実取調の結果からうかがわれる被告人に有利な諸事情を十分にしんしやくし、なお、前刑終了後五年以上経過したことを考慮に加えても、被告人に対し刑の執行を猶予する程の情状があるとは認められず、原判決の量刑が不当に重いとはいえない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の算入につき刑法二一条を適用し、当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官坂本武志 裁判官田村承三 裁判官本郷元)

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